昭和の伝説がこの冬、令和のスクリーンに蘇ります!
2026年12月、新作映画『SUKIYAKI 上を向いて歩こう』の公開が決定しました。
坂本九さん役に仲野太賀さん、中村八大さん役に岡田准一さん、永六輔さん役に松坂桃李さんという超豪華キャストが集結します。
今回は、今再び脚光を浴びる伝説の「689トリオ」と、世界を驚かせた名曲の秘密を深掘りしていきます。
最後まで楽しんでご覧下さい!
689トリオとは何?
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「六八九(689)トリオ」とは、作詞家・永六輔(6)、作曲家・中村八大(8)、歌手・坂本九(9)の3人による奇跡のユニットです。
彼らは当時の湿っぽい歌謡曲の常識を覆し、ジャズの洗練されたリズムと日本人の心を融合させた「和製ポップス」を確立しました。
また、テレビ番組を舞台に、新しいヒット曲を次々と全国へ届ける現在まで続く方法の基礎を築いたまさに時代の開拓者でした。
素晴らしい才能が出会ったことで、今もみんなが口ずさむが数々の名曲が生まれたのです。
689の6は永六輔

トリオの「6」は、言葉の職人・永六輔さんです。
庶民の心に寄り添う数々の名作を世に送り出しました。
永六輔さんは東京・浅草にある寺の息子として生まれ、テレビ黎明期に業界に入り「放送作家」という職業を確立した先駆者でもあります。
作詞者としての活躍は中村八大が、有楽町の日劇前で放送作家をしていた永六輔を呼び止め、「一緒に曲を作ろう」と口説いたことがきっかけでした。
永六輔さんが 作詞した曲には
上を向いて歩こう
(海外では「SUKIYAKI」としてビルボード1位を獲得した、日本を代表する名曲)
見上げてごらん夜の星を
(同名ミュージカルの劇中歌。夜空を見上げる切なさと希望を描いたスタンダードナンバー)
遠くへ行きたい
(旅情を誘う歌詞が印象的。長寿紀行番組のテーマ曲としても長く親しまれています)
こんにちは赤ちゃん
(第5回日本レコード大賞受賞作。新しい命の誕生を喜ぶ母親の心情を瑞々しく描いています)
いい湯だな
(群馬県の草津温泉など各地の温泉を巡る歌。後にドリフのカバーで国民的人気曲に)
などがあります。
言葉ひとつで誰かの涙を拭い、勇気を与えてくれる。
永さんの言葉は、今も私たちの心に優しく灯っています。
689の8は中村八大

「8」を担うのは、天才作曲家でピアニストの中村八大(なかむら はちだい)さんです。
柔和な「ハチ大スマイル」で親しまれた彼は、戦後日本のジャズ界を牽引したスターでした。
1959年、有楽町の日劇前で永六輔さんと運命的な出会いを果たし、「一緒に曲を作ろう」と口説いたことから伝説のコンビが始動しました。
彼の作るメロディは「ハチダイ・メロディ」と呼ばれ、永さんの書く言葉に翼を与えるように、軽やかで洗練されていてあっという間に日本中に広まりました。
中村八大さんの代表曲は
上を向いて歩こう
(斬新なリズムとメロディで世界中を魅了しました。中村八大さんの最高傑作の一つです)
明日があるさ
(前向きな歌詞と、弾むようなメロディが特徴。後に多くのアーティストにカバーされています)
黒い花びら
(第1回日本レコード大賞受賞曲。日本における「ロカビリー・歌謡」の先駆けとなりました)
夢であいましょう
(同名の伝説的バラエティ番組の主題歌。都会的で洗練された大人なサウンドが魅力です)
笑えればいい
(悲しみの中でも笑おうとする力強さを描いた名曲。中村さんらしい温かい旋律が光ります)
などがあります。
689の9は坂本九

そして、トリオの「9」であり、弾けるような笑顔で「日本の顔」となったのが坂本九(さかもと きゅう)さんです。
珍しい芸名ですが 本名の「九(ひさし)」にちなんだ名前だそうです。
九さんは、ロカビリー歌手としてのルーツを持っており、それが独特のリズム感を生み出していました。
彼の最大の武器は、音を短く切って歌う「スタッカート」を効かせた歌唱や、「ウヘッホムフフィテ……」としゃくり上げるように歌う「ヒカップ唱法」です。
坂本九さんの代表曲は
上を向いて歩こう(1961年)
坂本九さんの代名詞とも言える、日本音楽史にその名を刻む不朽の名作です。作詞:永六輔、作曲:中村八大の「六八九トリオ」によって生み出されました。
見上げてごらん夜の星を(1963年)
もともとは1960年の同名ミュージカルの主題歌でしたが、九さんがカバーしたことで大ヒットを記録しました。
明日があるさ(1963年)
片想いに悩む若いサラリーマンの心情を、九さんが持ち前の明るさとユーモアを交えて軽快に歌い上げました。
幸せなら手をたたこう(1964年)
アメリカの民謡をベースに作られた、誰もが一度は幼稚園や学校などで歌ったことのある世界的な童謡・レクリエーションソングです。
心の瞳(1985年)
坂本九さんが遺した最後のシングル曲です。日常のなかに息づく深い愛と絆を歌った温かいバラードで、九さん自身が晩年もっとも大切にしていた楽曲と言われています。現在は合唱曲の定番として全国の学生たちに歌い継がれています。
どの楽曲も、九さんの「聴く人を自然と笑顔にする、明るく弾むような歌声」と、心に寄り添う温かいメッセージが詰まった名曲ばかりですね。
689トリオはどのようにできたか?

「六」と「八」の出会い・・・最強コンビの誕生(1950年代後半〜1959年)
物語は、まず作詞家の永六輔さんと、作曲家の中村八大さんの出会いから始まります。
当時、日本の音楽界はアメリカのジャズやポップスのカバーが全盛期でした。「自分たちの手で、オリジナルの日本のポップスを作りたい」という熱い思いを持っていた2人は意気投合し、コンビを組みます。
1959年:『黒い花びら』で大ヒット !
2人が作った『黒い花びら』(歌:水原弘)が、今に続く第1回目の日本レコード大賞を受賞しました。
これにより、「永六輔×中村八大」の通称「六八コンビ」は、ヒットメーカーとして一躍注目を浴びることになります。
「九」との運命的な出会い(1960年〜1961年)
「六八コンビ」が次に求めたのは、自分たちの楽曲を新しく、魅力的に表現してくれる「新しい世代の歌手」でした。
そこで白羽の矢が立ったのが、当時ロックンロールバンドのボーカルとして人気を集めていた坂本九さんです。
坂本九さんの魅力は、ただ上手いだけでなく、独特の節回し(ヒーカップ唱法など)と、聴く人を一瞬で笑顔にする圧倒的な明るさにありました。永さんと中村さんは彼の才能を見抜き、自分たちの楽曲のメインボーカルに迎えることを決めます。
「六八九トリオ」の完成:『上を向いて歩こう』の誕生(1961年)
そして1961年、ついに3人の才能が完全にシンクロする瞬間が訪れます。
1961年:『上を向いて歩こう』の発表
NHKのテレビ番組『夢であいましょう』の「今月のうた」として、3人が手がけた『上を向いて歩こう』が発表されました。
永さんが失恋や挫折の悔しさから生み出した切ない歌詞に、中村さんがジャズのエッセンスを取り入れたモダンでロマンチックなメロディをつけ、それを坂本九さんが独特のステップを踏みながら、涙をこらえるように弾む歌声で歌い上げました。
この曲は日本中で爆発的な大ヒットを記録。ここに、作詞・作曲・歌唱のすべてが完璧に噛み合った「六八九トリオ」が正式に完成したのです。
689トリオの代表曲は何?

「上を向いて歩こう」以外にも、この3人がタッグを組んで生み出した名曲はたくさんあります。その中から代表的な5曲をご紹介します。
「あの娘の名前はなんてんかな」
「上を向いて歩こう」のB面曲ですが、当時のラジオで大人気に。「なんてんかな」という口語体のリフレインが、九さんの明るいキャラに完璧にマッチしています。
「一人ぼっちの二人」
「孤独」をテーマにしつつ、それを共有する二人の姿を優しく描いた曲です。中村八大さんのジャズのエッセンスが光る都会的な旋律が魅力です。
「サヨナラ東京」
1964年の東京オリンピックに合わせて制作されました。当時の熱気と、祭りの後のような少しの寂寥感が混ざり合った、歌謡曲のスタンダードです。
「君が好き」
「好き」というストレートな言葉を、極上のバラードに仕上げた一曲。坂本九さんの情感豊かな歌唱力が最も真っ直ぐに伝わります。
「君なんか君なんか」
軽快なリズムに乗せて、素直になれない恋心を歌ったポップな一曲。当時の若者の日常を切り取った永六輔さんの等身大な言葉選びが光ります。
どの曲も自分に置き換えて心動かされるような素晴らしい歌詞と曲ですね。
そして心に寄り添うように響く坂本九さんの歌声がぴったりはまっています!
689トリオ最大のヒット曲はなに?
さて、皆さんが一番気になる「689トリオが生み出した最大のヒット曲」は、やはり「上を向いて歩こう」です!
当時はまだ「オリコンチャート(1968年スタート)」がなかったため、当時の主要な音楽雑誌やチャート誌のランキングがヒットの指標でした。
それらのデータを基に、分かりやすくランキング形式でご紹介します。
1. チャート誌でのランキング成績
「上を向いて歩こう」は当時の2大音楽誌で、圧倒的な強さを見せつけました。
『ミュージック・ライフ』誌(国内盤ランキング)
- 最高順位:1位(3ヶ月連続)
『ミュージックマンスリー』誌(月間売上ランキング)
発売された1961年(昭和36年)10月からの順位の推移です。当時の「歌謡曲部門」でトップに君臨しました。
- 1961年10月: 4位(発売月)
- 1961年11月: 👑1位
- 1961年12月: 👑1位(2ヶ月連続)
- 1962年01月: 2位
- 1962年02月: 4位
- 1962年03月: 6位
発売直後から爆発的に売れ、半年以上にわたってベスト10以内に残り続ける驚異的なロングセラーだったことが分かります。
2. NHK番組での反響
前回の記事でも触れたNHKのテレビ番組『夢であいましょう』の「今月のうた」として1961年10月に発表されるやいなや、視聴者から「あの曲をもう一度聴きたい」「レコードはいつ出るのか」という問い合わせが殺到しました。
この番組発のランキングや注目度でも、間違いなく当時のナンバーワンでした。
海外での人気について
1961年に発売されたこの曲は、1963年にアメリカで**「SUKIYAKI(スキヤキ)」というタイトルでリリースされました。
すると、全米ビルボードのHot 100で日本人初、そしてアジア圏のアーティストとしても唯一無二の週間1位**を獲得するという、歴史的な快挙を成し遂げました。
なぜ「スキヤキ」という曲名になったのかというと、当時のアメリカのレコード会社が「日本らしい名前を」と考えた際、知られていた単語が「SUKIYAKI」か「SAYONARA」だったからです。
「サヨナラは悲しすぎる」という理由で、曲の内容とは全く無関係な「スキヤキ」が選ばれたという、嘘のような本当の話があるんです
まとめ
「六八九トリオ」は1961年、日本の新しいポップスを目指した「六(永六輔)」と「八(中村八大)」のコンビに、唯一無二の表現力を持つ「九(坂本九)」が出会ったことで完成しました。
そして同年の『上を向いて歩こう』をはじめ皆さんが知っている名曲をたくさん生み出します。
そして689トリオが生み出した最大のヒット曲はやはり「上を向いて歩こう」でした
発売直後から当時の主要音楽チャートで数ヶ月連続の1位を独占!半年以上にわたってベスト10入りし続けるという、日本中を完全に虜にした驚異的な大ヒットでした。

2026年12月25日公開予定の映画『SUKIYAKI 上を向いて歩こう』では、なんと中村八大さんを岡田准一さん、永六輔さんを松坂桃李さん、坂本九さんを仲野太賀さんが演じます。
まさに全員が大河ドラマの主演級の、日本映画界を引っ張る最強の3人が「六八九トリオ」を再現するのです。
また、阿部寛さん、薬師丸ひろ子さん、仲里依紗さん、清野菜名さん、土屋太鳳さん、上白石萌音さん、他にもたくさんの素晴らしい方達が出演発表されています。
名曲誕生の裏にあった熱い友情、音楽への情熱、そして当時の日本中が沸いたあの熱量を、実力派キャストたちがスクリーンでどう魅せてくれるのか――。
誕生の軌跡と当時の大ヒットの歴史を知った今、年末の劇場公開がさらに待ち遠しくなりますね!
ご覧いただきありがとうございました!

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